万物は流転する… 紀元前500年頃のギリシャ人の哲学者、ヘラクレイトスの名言です。
同じことはいつまでも続きません。
時の流れにともなって、ブランコ作業は手法が陳腐化し、ロープ高所作業の国際標準ISO-22846の規定とは程遠いものになってしまいました。
そんなことを、これまで延々と述べてきましたが、書ききれなかったことは一つや二つではありません。
今回は「ブランコ台への搭乗」という、いちばん難儀な作業手順について考えてみたいと思います。
「ブランコ台への搭乗」は、作業者が平面(安全な環境)から垂直面(危険な環境)へ移る動作です。
危険なので、初心者は怖がりますが、手慣れてくると、面白くなります。上手にできると、楽しくなります。
いまスポーツクライミングやボルダリングが流行っていますが、それは墜落の恐怖を体験したり、墜落しないよう身体をコントロールすることに、得も言われぬ満足感に浸れるからでしょう。
「ブランコ台への搭乗」が楽しいのは、これと似ています。
「ブランコ台への搭乗」は、作業者にクライミング的体術が求められます。(とくにキャットウォークからの下降)
しかしロープ高所作業は、スポーツではありません。
誰もができる安全な方法(訓練は必要ですが)を立ち上げる必要があります。
ロープ高所作業において、欠くことのできない安全確保は、身体保持器具の使用による作業者の墜落からの保護にあります。(フルハーネスによる墜落からの保護はすべての高所作業に共通する)
身体保持器具は、垂直面用ハーネスを使用するのが正しく、ブランコ台を使用するのは不適切だと、事あるごとに述べてきました。
ロープの下降は、以下に示す4つの手順が基本です。
① フルハーネスをライフラインに接続し、墜落からの保護を図る。
② 下降器具は、垂直面用ハーネスのD環に取り付ける。
③下降は、壁面につり下げたフットテープ等(あぶみ)に立って始める。
④ ブランコ台は、必要に応じて垂直面用ハーネスのD環に取り付ける。
「ブランコ台への搭乗」という手順はありません。以下の写真を参照願います。
でも、メインロープとライフラインが高い位置(たとえば天井)に取り付けられている場合に限っては、ブランコ台に搭乗して下降したほうが合理的な場合もあるでしょう。
作業者は、平場(床に足がついた状態)でブランコ台に搭乗します。
作業手順を以下に示します。
① フルハーネスをライフラインに接続し、墜落からの保護を図る。
② 下降器具をメインロープに接続する。
③ 下降器具にブランコ台を接続する。
④ ブランコ台に搭乗する。
⑤ カラビナ2個で、下降器具と垂直面用ハーネスを接続する。
⑥ 下方と周囲の安全を確認し、下降を開始する。
⑤ の手順は、作業者がブランコ台から落ちないための墜落防止措置で、① の手順とあいまって、墜落からの2重の保護(ダブルプロテクション)となります。
下降器具は、作業者がロープから手を離してもロープが流れ出さない安全装置付き(ペツルのアイディS)を使用します。
繰り返しますが、「ブランコ台への搭乗」は、平場(床に足がついた状態)で行うので安全です。
しかし、壁面につり下げたブランコ台への搭乗は、安全確保が困難です。
搭乗時に講じた墜落防止措置(ランヤード)が、「フォールファクター1」をこえてしまうからです。
もし墜落防止措置が、「フォールファクター1」以下に収まったとしたら、その時はワークリストレイン用のランヤードが長すぎた可能性があります。
ワークリストレイン用のランヤードは、ブランコ台に搭乗できるほど長く伸ばしてはいけません。
なぜならワークリストレインは、墜落するおそれのある場所に作業者が近づくことができないよう、行動を制限する措置なのですから。
また「フォールファクター1」をこえる墜落の衝撃荷重に対して、エネルギーアブソーバー付きのランヤードで作業者を保護したとすると、今度はライフライン側の墜落阻止器具(モバイルフォールアレスター)のエネルギーアブソーバーとあいまって、新たなリスクが発生します。
わっかるかなぁ… わっかんねぇだろうなぁ… エネルギーアブソーバーを2個使用すると、墜落時にエネルギーアブソーバーが開かず、衝撃荷重は低減しません。危険です!
フォールファクターとは、墜落の深刻度を表す数字です。
墜落距離をランヤードの長さで割った商がその数値です。
0は、衝撃荷重がまったく発生しない(墜落しない)状態です。
2は、過大な衝撃荷重が発生する状態で、墜落の結果はもっとも深刻…です。
0~1が許容範囲ですが、1を許容範囲と認めないユーザー及びランヤードのメーカーがあるので注意が必要です。
「安全帯の規格」がメーカーに要求している8kN以下という衝撃荷重は、「フォールファクター1」の試験によるものです。
「フォールファクター1」をこえると、墜落時に発生する衝撃荷重は大きくなります。
これは安全帯の規格においては想定外の墜落で、衝撃荷重の大きさも想定外です。
リスクが高いので、そんな作業計画は、普通は許可が下りません。
ブランコ作業では、「ブランコ台への搭乗」という「フォールファクター1」をこえる不安全行動が当たり前のように行われていますが、それは発生するリスクを許容しなかったら当該作業が成り立たないからです。
あまたの作業者が、毎日リスクをおかしてブランコ台に搭乗していますが、繰り返される不安全行動が、いつでも許容されているとなると、誰しもそこに潜む危険が見えなくなってしまいます。
これはいけません。
作業手順及び作業計画の立て直しが必要です。
まずは基本に立ち返ることが大切です。
先に述べた4つの手順をもう一度いいます。
① フルハーネスをライフラインに接続し、墜落からの保護を図る。
② 下降器具は、垂直面用ハーネスのD環に取り付ける。
③下降は、壁面につり下げたフットテープ等(あぶみ)に立って始める。
④ ブランコ台は、必要に応じて垂直面用ハーネスのD環に取り付ける。
これにより「ブランコ台への搭乗」というムダな手順が摘み取られ、「フォールファクター1」をこえるリスクは消滅します。
ブランコ台をハーネスに取り付けるタイミングは、あらかじめ屋上内で行ってもよいし、オンロープ状態になって身体を安定させてからでもよいし、それは環境次第です。
構造上、普通のブランコ台は使用できません。
ご安全に
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