前回の「身体保持器具って何だ?」において、身体保持器具とは垂直面用ハーネスであると述べましたが、厚生労働省はホームページで公開しているリーフレット(PDF版)で、ブランコ台を身体保持器具としたイラストを掲載しています。
また厚生労働省の通達、基発0805第1号は、3-1-1-(1)-③ で「身体保持器具には、例えばブランコ台、~ 」と記し、(2)-②-ウ で「~ つりロープにあっては製品のアイ加工部を含めて19.0キロニュートン~ 」と破断強度を示し、ブランコ台を身体保持器具として使用することを否定していません。
今回は、当該リーフレット及び通達のねらいと、ブランコ台というモノの本質に迫ってみたいと思います。
初めはブランコ台
ブランコ台はその昔、ロープ高所作業には欠かせないアイテムでした。
三つ縒りロープをシャックル(下降器具の代用)でブレーキをかけながら下降するとき、作業者は、そのシャックルに取り付けられたブランコ台に腰掛けなかったら、身体は支えられませんでした。
だれが言ったか、 「ブランコ作業」…
しかし、「ブランコ台から滑り落ちた」「立ち上がったら転落した」「つりロープが切れて墜落した」「台が壊れて墜落した」「シャックルが外れて墜落した」等、ブランコ台が危険の源となった墜落災害は、上記全てのケースで発生し、死亡災害に至りました。
また近年、「下降途中でメインロープとライフラインがステンレス製の雨樋に接触し、シャープなエッジでロープが2本とも切れて墜落」という死亡災害が東京で多発しましたが、これはロープを登り返すことができれば、屋上へ避難することができ、災害に至ることはなかった事例です。
「ロープが地面に届いていない」「ロープが途中で損傷している」「下方で火災が発生した」といったトラブルも、ロープを登り返すことができれば回避できます。
ロープ高所作業に従事する者にとって、ロープを登り返すことは、自分の命を守る大切な技術です。
しかし、ブランコ台で下降することはできても、ブランコ台でロープを登り返すことはできません。
ブランコ台で身体を保持することには、もともと高いリスクがあったのです。
それは日本に限ったことではありませんでした。
世界中がそうだったのです。
リスクアセスメントが必要になりました。
時は流れて、21世紀
2001年、欧州理事会は、ロープ高所作業を含む、高所作業における墜落災害減少を目的とした「短期的な高所作業に関するヨーロッパ指令2001/45/EC」を採択しました。
2003年、世界標準化機構により、ロープ高所作業の基本的内容を規定したISO-22846-1 が制定されました。
2006年、ロープ高所作業に使用する接続器具、緊結具等の、工業規格EN-12841が設けられました。
2012年、世界標準化機構はISO-22846-2で、ロープ高所作業の推奨事項及び方針等を定めました。
以上の技術的進歩により、ブランコ台の位置づけは、ロープ上の作業者の身体を楽にするアイテムになりました。
ブランコ台は、作業者を墜落の危険から保護するPPE-3(個人用保護具)ではありません。
安全帯の規格に適合する安全帯でもありません。
工業規格もありません。
それなのに、ロープ高所作業特別教育用テキストは、いずれもブランコ台を身体保持器具とした旧態依然のブランコ作業をイラスト入りで紹介しています。
出版元が、出版する前に、きちんとリスクアセスメントを行わなかったものと推察されます。
厚生労働省がホームページで公開しているリーフレットをただ鵜呑みにし、マネたのでしょう。
労働安全衛生規則第539条は、ブランコ作業及びのり面保護工事における墜落災害撲滅を目的に改正されました。
相も変わらず、同じ手法でブランコ作業を続けていたら、いつまでたっても墜落災害は無くなりません。
速やかにISO 22846の規定を満たすメソッドを奨励する必要があるように思われてなりません。
そんなこと、行政はちゃんと知っています… いるでしょう… たぶん
ただ、事を急ぐと、仕事ができなくなる人がたくさん出てしまうことが予測されます。
厚生労働省がリーフレットや通達で、ブランコ台を身体保持器具と認めてくれているのは、省令の改正によって失業者が出るのを防ぐためで、たとえば三つ縒りロープをシャックルで下降しているような古い手法の人たちが職を失わないための配慮です。
このように、行政のねらいがソフトランディングであることは、次のことからも推察されまず。
改正省令539条は6の項で、「作業指揮者を定めて、作業中、安全帯及び保護帽の使用状況を監視すること。」を命じました。
これは単独作業の禁止です。(国際標準ISO-22846にも準拠)
ヒューマンエラーは相互看視で防ぎますから、単独作業を禁止するのは当然です。
しかるに通達は、3-1-1-(6)-②で、「~作業指揮者等による複数人で確認することが望ましい~」と努力義務であるかのごとくに記し、単独作業を禁じていません。
そりゃそうでしょう。ビルのガラスクリーニングは単独作業が多いですから、禁止したらたちまち失業者が街にあふれて、わややんけ~
さらに通達は、ビルの外装清掃やのり面保護工事以外のロープ高所作業について、メインロープが切れないようディビエーション及びリビレイを講じた場合に限り、当分の間、ライフラインの設置の規定は適用しないと、経過措置を設けました。
ロープ高所作業の危険の防止が目的で改正された省令第539条において、「ライフラインの設置」は肝心要の目ン玉です。
100のうちの99まで譲って「ライフラインの設置」に目を閉じた経過措置は、国土交通省のNETISに登録された業務で、ロープ高所作業に従事する人たちが、当分の間、仕事に困らないための配慮でした。
まあ、それでも単独作業やライフラインなしで墜落災害を発生させてしまったら、事業者は民事責任を免れません。
「違法とまでは言わないもでも不適切であるといわざるを得ない」と叱られ、それなりのお咎めがあるでしょう。
行政は、急激な改革を望んでいません。
だからといってリスクが高く、カビの生えた手法を、いつまでも野放しにしておいてよいはずがありません。
官の歩みは遅くても、民は走ります。なぜか?…
法律は、いつも技術の後追いだからです。
中央災害防止協会のRSTトレーナー養成コースに行くと、いいことを教えてくれます。
「法律で守れる事故はたったの2割、あとの8割は守れない」… リスクアセスメントの重要性を説く名言です。
ですから、行政のリーフレット等の上っ面だけながめて、ブランコ台を身体保持器具として使用しなければならないと民間が勝手に決め込むのはおろかです。
またロープ高所作業特別教育用テキストが、鬼の首でも取ったかのごとくにリーフレットのイラストをパクリ、ブランコ台を身体保持器具であると教えているのは、輪をかけておろかです。
あわてないで、通達をよく読んでください。
前回の、「身体保持器具って何だ?」の項で述べたことを繰り返すことになりますが、通達の基発0805第1号は、3-1-1-(2)-②-ウで、「身体保持器具に使用するもののうち、垂直面用ハーネスにあっては11.5キロニュートンの、~」と記し、垂直面用ハーネスが身体保持器具であることを、的確に指し示しています。
垂直面用ハーネスを使用すれば、作業者は、ブランコ台で身体を保持する必要がなくなります。
身体保持器具をブランコ台から垂直面用ハーネスに変更することは、リスクアセスメントにおける工学的対策でもあります。
最後に、つりロープの破断強度について考えてみましょう。
通達は、つりロープの破断強度をアイ加工部を含めて19.0kNと示しています。
一見、丈夫そうに見えますが… さにあらず
どういうことかというと、19.0kNというのは、つりロープ1本分の強度ではなく2本分です。
つりロープは、台に固定するため、アイを中心に、同じ長さに振り分けられているので、見かけ上 2本になります。
したがって破断強度が10kNのアクセサリーコードを使用すれば、振り分け2本ですから、10kN×2=20kNで合格です。
破断強度が5kNのアクセサリーコードは、2本使えば(アイが2個できる)4本になるので、5kN×4=20kNで合格です。
実際は、結びによる強度低下も考慮しなければなりませんが、このように手軽に作れてしまうブランコ台を、身体保持器具として使用しなければ、ロープ高所作業が成り立たないとしたら、常識のある人なら誰でも安全性に疑問を抱くことでしょう。
ついでに、破断強度19.0kNのロープでブランコ台を作ったらどうなるか考えてみます。
つりロープの破断強度はアイ加工部を含めて38.0kNになります。
これはメインロープよりも、はるかに高い破断強度です。
メインロープが切れても、つりロープが切れないブランコ台って、使用目的がわかりません。
台の強度はどうなるのでしょうか?
つりロープとのバランスがありますから、そうとうスゴイことになりますね。きっと
何人腰かけられるか楽しみでもあります。誰か作ってみませんか。
ただし、つりロープの破断強度をどれほどアップさせても「ブランコ台から滑り落ちる」「立ち上がったら転落する」といった事故が発生する可能性を低減させることはできません。
異常発生時に、ロープを登り返して、上方へ避難することもできません。
何度も言いますが、ブランコ台は、ロープ上の作業者の身体を楽にさせるためのアイテムです。
(有)ミゾーが制作販売しているブランコ台は、商品名をキャメルといいます。
その理由を教えましょうか… 座れば らくだから…
お後がよろしいようで
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