切断防止のヒエラルキー

10年ほど前、東京都内のガラスクリーニングの現場で、ステンレス製の雨どいが危険因子となり、メインロープ及びライフラインが双方とも切断する墜落災害が連続的に発生したことがありました。(私の記憶が正しければ死亡3件、軽傷1件)

危険なステンレス製の雨どい
安全確認のための調査・点検

ステンレスのエッジはシャープです。
ロープは、シャープなエッジで切断します。
アルミの笠木もシャープで、繋ぎ目はとくに危険ですが、水切りの繋ぎ目は、かくれた危険因子です。
労働災害としては記録されていないと思いますが(被災者は事業主)、メインロープがスィングして水切りの繋ぎ目に当たって切れ、作業者が約60メートル墜落して死亡するという事故が千葉県で発生したことがありました。
水切りの繋ぎ目が一か所、曲がっていたのを写真で確認できましたが、ロープが切断した時に変形したのでしょう。
事故を起こした作業者は、ライフラインを使用していませんでした。
でも、ライフラインで防止できるタイプの事故ではありませんでした。
なぜなら、シャープなエッジでメインロープが切れるときは、ライフラインも同時に切れるからです。
その理由は、メインロープに及ぼす負荷が静止荷重なのに対し、ライフラインに及ぼす負荷は衝撃荷重だからです。(そして同じ危険因子と接触するから)
シャープなエッジのほかにも、コンクリートの粗い角は、ロープに対してノコギリを当てるようなものなので、切断防止の対策が必要です。

切断防止で、いちばん優れた対策は、危険因子の摘み取りです。
しかし、ガラスクリーニングや建物調査の現場は、出張作業ということで、このベストな対策が合理的ではありません。
建物の場合、設計施工の段階でリスクアセスメントを行い、安全な作業環境を構築しなければなりませんが、設計者や建設業者にロープ高所作業の専門家は、まずいません。
この問題に造詣が深く、数多くの大型物件でロープ高所作業のためのインフラ設計にかかわってこられた 森山峻 先生( 旧 財団法人電気通信共済会東京支部 建築事業部長)がご高齢を理由に、ビルメンテナンス業界から引退されたのは、たいへん残念でしかたありません。

2009年 現場を視察する森山峻先生

二番目の対策は、ロープを 危険因子に接触させないことです。
干渉しても、接触しなければ切れません。
これには、リアンカー(リビレイ)やディビエーションといったリギング法が有効ですが、笠木及び屋上内では運用できません。
屋上内では、リギングホース(うま)といわれる架台が有効です。
この場合、架台を固定するアンカーを設置する事前の工事が必要です。
カウンターウエイト式の架台は、適切なバランスが必要です。

三番目の対策は、専用の治具を作ることです。
適切な支持物がなかったり、建物の強度が不十分で、ロープの接触で壊れるおそれがある場合に有効です。

工学的対策の実例(マツダ ズームズームスタジアム)

上記の二番目と三番目が工学的対策で、有効なリスク低減措置ですが、事前計画とそれに伴う予算が必要になります。
早いはなしが、時間もかかるしおカネもかかる。したがって間にあわない…
そこで「ロープの養生」が、現実的対策として浮き上がってきます。

いろいろなタロープの養生

ロープの養生にもヒエラルキーがあります。
安全なものもあれば、用をなさない形だけのものもあるので注意が必要です。
一番目の選択肢が合理的でないときは、二番目を検討しましょう。
二番目がダメなら三番目になりますが、二番目をすっと飛ばして三番目とか、二番三番を飛ばして四番目を選択するなどしてはいけません。
リスクが大きくなって、事故の可能性が高くなるからです。

一番目の選択肢はルーフローラー
シャープなエッジをローラーという丸いものに替えています。
2個のコネクターによってロープが脱輪しないのもうれしい。
二番目の選択肢がアルミエッジプロテクター
これもシャープなエッジを丸みを帯びた固い金属で覆っているので有効です。
ロープが脱輪する可能性がある分、安全性はルーフローラーに劣ります。
価格を考慮すれば納得、ルーフローラー1個でアルミエッジプロテクターは10個買えます。
ワイヤースリングでロープを保護する手法
ステンレス製の雨どい等の養生には特に有効
作業者に、それなりのテクニックが求められます。
ブランコ作業及びのり面ロープ高所作業には、望むべくもない手法です。

ここまでが「有効な対策」です。
効果が低く、まったく対策になっていない例を以下に示します。

布製の巻き方養生です。
内部にあんこを詰めた帆布であれば、有効な場合もあるでしょう。
しかし布製の養生は作業中に携帯し、途中でロープが接触するところで巻き付けるものです。
大きなスウィングが予測される場合は有効ではありません。
ウエスを当てる…
気休め? それとも切断防止の おまじない?
開いた口がふさがりませんね。作業中止です!

ご安全に

ベーシックアンカー

先のスレッドで、Yハングについてリスクアセスメントを行い、長いロープ(100m)を真ん中から2本に振り分けて、それぞれメインロープ及びライフラインとして使用することに対してのリスクは、十分に許容範囲 (すなわち安全) であることを明らかにしました。
今回は、ベーシックアンカーの検証です。
ベーシックアンカーは、H鋼やI形鋼などの構造鉄骨にメインロープ及びライフラインを取り付けるリギング法で、EN566及びEN795の規格に適合したスリングを使用します。
横ズレによるスリングの切断のリスクを低減させるため、最近ではワイヤースリングが頻用されるようになりました。
ここでは便宜上、単管パイプと繊維製スリング(ナイロンとダイニーマの混紡、縫製はポリエステル)を使用します。

EN-566及びEN-795 適合のスリング
鋼材にスリングをかけて支持物を2個つくり、振り分けたロープをそれぞれ接続します。
結索はフィギュアオブ8オナバイトです。
(鋼材は頑丈で壊れないモノなので単体でOK、支持物はスリングなので2本使用)
それぞれ下降器具とモバイル墜落制止用器具をセットします。
回避しなければならないリスクは、どこにも見当たりませんが…
メインロープとライフラインは、つながっています。
そのためメインロープがコネクターから外れたら、ライフライン及びモバイル墜落制止用器具によって墜落が制止される前に、下降器具で墜落が止まるのではあるまいか?その時発生する衝撃荷重は危険ではないのか?との質問がありました。
回 答
2個のコネクターは、安全環のネジが下向きなので、ひとりでに緩む可能性はありません。
船舶のエンジン等の大きな振動で緩むことはありますが、特殊な事例なので今回は対象外。
コネクターのゲートの向きが互い違いなので、ひとりでにロープが外れる可能性もありません。
ロープは、マニュアル中のマニュアル、フィギュアオブ8オナバイトなので、ほどけません。
ここまでやれば、ロープのループがコネクターから分離する可能性は、もはや天文学的数字です。
ありえない事ながら、ループがコネクターから外れたと仮定しても、墜落距離は40㎝です。
フォールファクターはきわめて小さく、発生する衝撃荷重は十分に許容範囲です。
シットハーネスのD環と下降器具がちゃんと接続されていれば問題ありません。
ベーシックアンカーは、ラビットノット(ダブルフィギュアオブ8オナバイト)でもOKです。
ロープに大きな荷重がかかることが予測されるときは、ナインノットが用いられます。
ナインノットのほうがフィギュアオブ8よりも結び目に及ぼす負荷が少ないといわれています。
わたしなら、テンノットを選びます。
いずれにしても、リギングしたロープは、 器具のすっぽ抜けを防止するため、末端から約30㎝の位置にストッパーノットを施す必要があります。
つい一月ほど前、下降器具がすっぽ抜け、墜落して大けがをする事故が発生したばかりです。
ガラスクリーニングの現場で、メインロープが約8m地面に達していなかったそうです。

話は横道にそれますが、被災者はライフラインを使用していましたが、モバイル墜落制止用器具(ロッカー)の操作が不適切だったため、墜落が止まらなかったもの。
この事故はヒューマンエラーで、メーカー責任はないと思われます。

続けざまに3日の土曜日には、ブランコ台( フランクリン )の吊り索が切れて墜落し、大けがをしたという事故の情報が入ってきました。
被災者は、ライフラインを使用していましたが、モバイル墜落制止用器具 (ロッカー)用のスリングが絡まったのでライフラインから外していたといいます。
国内法に照らし合わせて、この事故は、ライフラインの未使用ということで片付けられるでしょう。
また、フランクリンの吊り索はブランコ台の吊り索の破断強度(19kN)を満たしていない、と指摘されるかもしれません。
しかし、下降器具とシットハーネスのD環を接続さえしていれば、発生するはずのない残念な事故なのです。
国内法に、 下降器具とシットハーネスのD環を接続しなければならないという定めはありませんし、ブランコ台は身体保持器具として認められています。
だからといって、安衛則の文面通りに実行したら(させたら)それは野蛮です。
ブランコ台に工業規格はありません。
シンギングロックのフランクリンのみならず、ペツルのポディウムも規格品ではありません。
この事故も、PL法に抵触しておらず、メーカー責任はないと思われます。

ブランコ台は、長時間の宙づり作業において、作業者の体を楽にしてくれる安全な道具ですが、墜落の危険から作業者を保護するPPE(個人用保護具)ではありません。
メインロープは、墜落を未然に防止する保護具 (フォールファクター0)ですから、接続器具(下降器具)とシットハーネスは確実に接続する必要があります。
ご安全に

ロープ高所作業特別教育:東京GCA

7月31日、品川の都立人材育成プラザで、東京GCAのロープ高所作業特別教育があり、講師で参加しました。
実技講習で、結索術に潜むリスクおよびリスク管理上認められないことを教えました。

「もやい結び」はロープを支持物に取り付ける結索として頻用されているが、頻繁に結び変える(ガラスクリーニングの場合1時間に約3回)作業では、結び損なう可能性が否定できず、実際、解けて墜落した事例は少なくない。ロープは結ぶからほどける。結ばなければ、ほどけない。
メインロープとライフラインは別々の支持物に確実に取り付ける…これは法律だが、だからといって4~6メートル間隔の丸環に、それぞれ別々に取り付けたら、それは大バカ者だ。メインロープが切れたら(ほどけたら)どうなるか考えてほしい… 危険な大スウィングが発生し、作業者は壁にたたきつけられるか、ライフラインが切断して墜落するか、いずれかの労働災害が発生するだろう。ライフラインは用をなさない。
たとえば長さ100メートルのロープの真ん中にループを作り、2本に振り分け、それぞれメインロープ及びとして使用するのはアリかナシか?話題になった。写真の結索はフィギュアオブ8オナバイトなので、ループは1個だし支持物も1個しかない。 国内法はもちろんのこと、ISO-22846で定められたダブルプロテクションの原則にも抵触するので認められない。
しからばダブルフギュア8オナバイト(ラビットノット)ならどうだろうか…? 写真は2本のスリング及び2個のコネクタで構築したダブルアンカーに、当該結索で振り分けた2本のロープを取り付けている。 だが当該結索は、ループの長さが調節できる(固定されない)ことから、 結び目の一か所が切れたら、全部解けてしまうのだ。 したがって、これも認められない。